顧問名鑑にライバル出現!
日本のサッカーがフランスのワールドカップに参加、今度はこのワールドカップを日本と韓国が共催する。
これからこのワールドカップに向けて否応なく機運が盛り上がっていくに違いない。
そのサッカーと原子力との関係。
ちょっと考えただけでは結び付けることが難しく、いったい何か、となってしまうだろうが、実はそれがあるのである。
東京電力の福島第一、第二原子力発電所と通称「J-VILLAGE」と呼ばれるサッカー施設「ナショナルトレーニングセンター」の関係がそれである。
不思議な関係ではあるのだが、これが原子力立地に絡む微妙な問題の側面を示すものなのだ。
福島原子力発電所は第一と第二に分かれているが、これを合わせると日本でもいや世界でも有数の原子力立地点だ。
電力の大消費地である東京から約北へ百キロ強。
浜通りと呼ばれる福島県の太平洋に面した地域、宮城県と茨城県の県境からはほぼ真ん中に位置する双葉町と大熊町にまたがるところに福島第一がある。
敷地はひと口に「百万坪」といわれているが実際にはそれより広く、三百五十ヘクタールもある。
この福島第一原子力発電所がこの地に誘致されたのは一九六一年秋のことだった。
そして十年後の七一年の春、三月に一号機が営業運転を開始している。
それ以来六号機まで全六基が建設され、その総発電能力は四百六十九万六千キロワットに達する。
それも一号機ごとに出力を向上させている。
一号機は四十六万キロワットだが、二号機から五号機までは七十八万四千キロワット。
六号機になると百十万キロワット。
批判も浴びたが一面では時代の要請という面も少なくない。
九五年に六基合計の総発電電力量が累計で単一原子力発電所としては日本で初めて五千億キロワット時突破を記録した。
こうした数字の意味は実感しにくいところがあるが、これを石油に換算すると約一億三千万キロリットルとなる。
この分の石油が節約されたと考えると、地球温暖化防止にとってそれなりの役割を果たしたという面をきちんと正面から評価しておくべきなのではないだろうか。
一方、福島第二原子力発電所は第一のすぐ南に位置している。
これも富岡町と楢葉町のふたつの町にまたがる。
第二の一号機は八二年四月の運転開始だから、第一の六号機完成の二年後にスタートした。
現在、四号機まで完成しているが、出力はいずれも百十万キロワットだから総発電能力は四百四十万キロワットということになる。
後発だけにその特色もある。
そのひとつに建設契約者の変更があった。
第一原子力発電所の契約にはアメリカの原子力メーカーであるGEが主契約者となっていたが、第二原子力発電所では日本のメーカーである東芝と目立の.一社。
この結果、主要な機器はすべて国産化された。
原子刈技術の自立ということができる。
目立たないが重要な改善点に保守点検の作業能率の向上ということもあった。
これは改良川市原子炉格納容器の採用によって実現したものだ。
この改良型の導入によって格納容器が従来のものに比べ約五割大きくなった。
普通は改良型の小型化による経済性が強調されるが、ここでは逆。
大型化することによって保守点検が自動化できたり、遠隔操作を大幅に取り入れることができたり、作業の安全性を高めることができたりしたという。
それに効率性も高めることができた。
東京電力は実は水方発電でも福島に大きく依存している。
設備的には約四分の一を依存、発電量では実に三分の一を福島に依存していることになる。
こうした関係の結果、東京電力は福島県のサッカー場の寄贈を決断したとされる。
これには批判もあった。
これが悪例になって電源立地地点が同じような要求を出しできたらどうする。
サッカー場はいくらなんでも過剰だろうなどといった批判である。
確かにその懸念はあった。
総費用が百三十億円というからそうした批判は出て当然なのかもしれないが、一方に「電力消費地は電源立地点に何をしたのか」という反批判もあり、予想以上にスムーズに受け入れられる結果となった。
J'VILLAGEは楢葉町と広野町にまたがって建設され、二〇〇二年のワールドカップに向けても役立っている。
トレーニングフィールド、屋根付き練習場、フィットネス施設、スポーツホテルなど日本一といわれるのに相応しい内容だ。
しかし、この施設を見る時に多少考えさせられることも事実である。
電力会社はどうしてここまでのことをしなければならないのか、という最初の疑問にかえるからである。
しかし、さらに考えなければならないのは、こうした努力で電源が確保されているという現状である。
批判は簡単なのだが、批判だけでは何も生み出さないこともまた確かである。
情報公開は今、時代の大きな流れのひとつだ。
原子力に関する情報も例外ではない。
反原子力運動サイドからの要求ではなく、市民レベルからもそうした希望が強まってきている。
電力会社もその意義を積極的に認め始めた。
具体的なケースを関西電力の美浜原子力発電所にみてみた。
福井県美浜町にある美浜原子力発電所には三基の原子力がある。
七〇年に運転を開始した一号機、七二年運転開始の二号機、それに七六年運転開始の三号機だ。
いずれも加圧水型軽水炉である。
なかで一号機はちょうど大阪で聞かれていた万国博覧会会場に電気を送ったことから、万博の原子力として話題になったこともある。
しかし、二号機で事故が発生、美浜原子力発電所はこの方面から知られるようになり、事故史にその名を止めることになってしまった。
事故は九一年。
二月九日、土曜日、午後一時五十分に発生した。
原子炉が突然、自動停止したのだ。
自動停止だけでは事故とはいえない。
しかし、その後、その放射能による周辺環境への影響こそなかったものの、@二次冷却水の放射線モニター値の上昇、A緊急炉心冷却装置の作動といったことが明らかになり、大事故の様相を帯びてくる。
ECCSの作動は日本では初めてのことだった。
事故の内容はこうだ。
蒸気発生器の細管の振動を防止する金具の一部が設計通りに挿入されていなかったことから細管が振動、細管一本が破断してしまったのだ。
復旧工事は蒸気発生器を改良型に替えるという大作業となり、運転再開に三年半を要するという事態となり、原子力と社会の関わりについて様々・な教訓を残す結果となった。
その教訓の結果が構内にある「美浜二号機蒸気発生器展示館」の存在である。
たった一つの金具が引き起こした事故であり、関係者にとっては思い出したくもない事故だったが、そうであればこそ教訓に、とあえて関西電力はこの展示館を建設したという。
そうしたなかに問題の蒸気発生器が厚さ三十七センチの鉛ガラスに収容されて保存されている。
事故を起こした部分には開口部があり、見学者は全体と同時に内部の問題部分を見ることができるよう工夫されている。
これをどう受け止めるかは個人によって違うかもしれない。
自虐的な嫌味と思う向きもあるようだが、やはりここは「できれば忘れたいのだが、将来二度とこうした事故を起こすまい」という説明に素直に納得するべきではないだろうか。
関西電力はこれを「大事な負の遺産」と位置付けている。
関西電力はこれを契機に原子力安全システム研究所を設立した。
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